●グリーンカード当選後31(大使館での面接日:面接)

今までの経緯
2009年11月03日 DV2011プログラムに申し込みをする。
2010年05月15日 当選の通知が届く!(次のプロセスに進める権利です。)
2010年05月21日 父が倒れる。(一時は命にかかわる状態でしたが、なんとか持ち直しました。)
2010年09月15日 永住権の取得に再度動く!
2010年09月25日 書類の返送(¥1200)
2011年02月01日 面接の通知が来る。(大使館)
2011年02月11日 面接日の変更を依頼(大使館)
2011年02月17日 面接日の変更日が決定(大使館)
2011年02月18日 健康診断の予約を入れる
2011年02月24日 戸籍謄本入手(¥450)  -3/04英訳作成済
2011年02月24日 残高証明証依頼(¥735) -3/10郵送にて入手済
2011年02月27日 卒業証明証依頼(¥1000)-3/02郵送にて入手済
2011年03月03日 無犯罪証明証依頼(¥0)  -3/15引き取り入手済
2011年03月05日 健康診断(¥117862)
2011年03月08日 診断書の受け渡し(妻と子のみ)
2011年03月10日 診断書の受け渡し(私の分)
2011年03月22日 レターパック500購入(¥500)
2011年03月22日 ビザ申請手数料(¥201914)

トータルの出費・・・¥323161-(3名分・交通費含まず)

いまさらながら掛かる出費に恐れおののいております。

入館の際にもらった番号札の番号が掲示番に表示されたら指定の窓口に行きます。
病院の会計と同じ感じです。

指定された窓口番号の所に行き必要書類を提出します。
窓口は刑務所の面会所もしくは、銀行の両替所のように分厚いガラスで仕切られています。
この時に申請費用の支払いレシートも確認します。
ここで一旦書類確認のため待つように指示されます。
続いてまた番号が呼ばれ、今度は指紋の採取です。(大人のみ)
全ての指の指紋を採取しました。
この二つは同じ窓口(一番左)で行われました。

ここまでで私たち以外に日本人板前さん風の男性が一人、若い女性が一人、
赤ちゃん連れの夫婦が一組、若いカップルと付き添いの弁護士か何かの一組。
それに中南米系の中年男性が一人という状況でした。
それほどの混みはありませんが時間がゆっくりと経過していきます。
子供が退屈そうにしていました。

最初の日本人板さん風の男性と中南米系の男性は長い時間窓口であーだこーだやっていたようで許可が降りたかどうかは不明です。
その後、失効したグリーンカードを再取得したいという希望の女性が来ていましたが、どのようになったかも不明です。

提出書類と指紋採取に不備がないと、続いて領事との面接です。

領事は30才そこそこと思われる背の高い黒人女性でした。しかも超ラフな普段着。
領事は強面の年配の男性に違いないと想像していたのでびっくりしました。
(入管の人もしくは裁判官のイメージでしたので。)

面接はガラス越しでお互いが立った状態で行われます。
面接は英語で全て行われました。質問は私にのみ行われました。
質問自体は、「どこに住む予定か?」とか「仕事はどうするのか?」とか
それぐらいの簡単な質問のみでした。
最後に領事に向かい宣誓をして終了です。

$グリーンカードって結構大変blog

領事は、そこのイスでしばらく待っていてください、見たいな事を言って出て行きました。
(ここまでの所要時間は40分程度でした。)

1時間ほど待てども暮らせども、次の呼び出しがありません。
私以外にも若い女性が私たちより前に同じ領事との面接をして待たされているようです。
それ以外は、すでに待ち人は誰もいません。
子供も限界です。
さすがに少しおかしいと思い、窓口の日本人風の男性にここで待つように言われた旨を伝えました。
しかし顔は日本人でしたが日本語がわからないようで、日本人スタッフを連れて来てくれました。
再度事情を説明すると、PCの画面を見て調べてもらった結果、
「既に許可は下りているので、ここで待ってもらう理由は無いです。」と。
1時間という貴重な時間を無駄にしました。
同じく待っていた若い女性も意味が無かったようです。

あの領事!絶対にここで待つよう言ってたぞ!
なにはともあれ永住の権利は無事取得する事ができました。

あとは自宅にレターパックが届くのを待つのみとなりました。
建物を出て、セキュリティーで携帯電話を受け取り大使館を後にしました。